生きかたを変える

『ちびくろ・さんぼ』はものがあふれているのにまだほしいと願う人に警鐘を鳴らす

『ちびくろ・さんぼ』の名言

けれども、とらたちは、ただ、ぐる・る・る・る・る・る・る・る・る・る・と、いっただけでした。

『ちびくろさんぼ』から変えられる行動

十分もっているのにまだモノが欲しい人

身の丈にあった生活を心がける
モノを持ち過ぎるとどうなるか心配になる
断捨離に興味をもつ

『ちびくろさんぼ』のあらすじ

あるところに、ちびくろさんぼという男の子がいました。

おかあさんはまんぼ、おとうさんはじゃんぼといいました。

 

おかあさんのまんぼは、さんぼに赤くてきれいな上着と青いきれいなズボンを作ってくれました。

お父さんのじゃんぼは、きれいな緑色の傘と、底と内側が真っ赤なかわいい紫色のくつを買ってきてくれました。

さんぼはそれらを全部身につけて、ジャングルへ散歩に出かけました。

 

 

すると、さんぼの前に虎が次々と出てきて、「ちびくろ・さんぼ!お前を食べちゃうぞ!」と言うのです。

そこでさんぼは最初の虎には赤い上着を、二番目の虎には青いズボンを、三番目の虎には紫の靴を、四番目の虎には緑の傘を差しだして食べられることを逃れます。

もっとも三番目の虎は耳に靴をかけてあげて、四番目の虎はしっぽで傘をゆわえてあげたのですが・・。

虎たちは「これで、おれさまはジャングル中で一番立派な虎じゃわい」とそれぞれ大満足で去っていきました。

 

全てをとられたさんぼが泣きながら歩いていると、虎たちがけんかをしているのを見つけます。

虎たちは上着も、ズボンも、靴も、傘も全て放り出して「俺が一番立派な虎だ!」と言いあっているのです。

そして、木の周りで隣にいる虎のしっぽに噛みついてぐるぐる回りだしたので、虎の輪ができてしまいました。

 

さんぼは「着物やかさはもういらないの? いらないなら持っていっちゃうよ」と虎に聞きますが、虎たちはしっぽをくわえているのでうなることしかできません。

さんぼが洋服を身につけて行ってしまうのを見て虎たちは怒りますが、それでもしっぽを放そうとはしませんでした。

なので、腹立ちまぎれに相手の虎を食べてしまおうと、全速力で気の周りを駆け回ります。

 

すると、ぐるぐる回っているうちに虎たちはドロドロに溶けてしまい、みんなバターになってしまいました。


そこを通りかかったお父さんのじゃんぼがそのバターを壺に入れて家に持ち帰りました。

お母さんのまんぼはそのバターを使ってとても美味しいホットケーキをたくさん作ってくれました。

そして、みんなで楽しくホットケーキを食べたのでした。

ちびくろ・さんぼ

ちびくろ・さんぼ

ヘレン・バンナーマン
1,080円(11/19 16:57時点)
発売日: 2005/04/15
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名言の状況

ちびくろさんぼは虎たちが脱ぎ捨てた洋服などを持っていこうとして、彼らに尋ねます。

しかし、虎たちは相手のしっぽをくわえているので返事もできずうなることしかできないのです。

名言の本質

虎がバターになるこの場面は、子どものころに読んで以来ずっと印象に残っています。

いまだにテレビや動物園で虎を見るとバターになってしまわないか不安になったり、売っているバターが「原材料・トラ」になっていないか確かめてしまうほどです。

 

それほど強い印象を与えてくれたシーンですが、今改めて「なぜ虎がバターになってしまったのか」を考えると、一つのメッセージを見つけることができました。

 

それは

見た目ばかりを気にして分不相応な生活をしていると、いつか身を亡ぼす

 

「あれが欲しい」「これが欲しい」と自分に必要ではないものまで欲しがって自分を良く見せようとすると、それが自分にとって必要なのかどうかまで判断できなくなります。

壊れてもいなく十分使えるモノをもっているのに、「新しいから」とか「エコだから」「流行だから」などと自分に理由をつけて最新機種を買い求めてしまう。

企業は売るために新しいものをどんどん出してきますから、欲しくなるものに限りはありません。

結局、分不相応なモノを買い続けた結果お金が無くなり借金をして身を亡ぼすことにもなりかねません。

 

人間であるさんぼにとって洋服やズボン、靴は必要でしょう。

傘だって雨が降れば必要になります。

 

ところが虎にとってそれらは必要でしょうか?

野生の虎は雨が降っても木の下に隠れることができるし、第一しっぽに傘をゆわえたままでは歩きにくいでしょう。

靴だって4本足なのに欲しがるから結局耳にかけるしかなく、これでは聞こえにくそうですよね。

洋服もズボンも虎には必要ないものです。

「俺様が一番かっこいいわい」などと言っていても所詮は狭い世界の自己満足にすぎません。

 

でも、彼らは見た目を気にしすぎてジャングルで一番イケてるのは俺だとけんかまで始めてしまいます。

最終的に全てを捨てて生身の体で争っています。

バターになったのは、散財を使い果たして金も家も友情も全てを失った人間の末路であるとも言えそうです。

行動への応用

この名言を人間関係に応用してみたらどうでしょうか?

 

最近、吉本興業の闇営業が話題になりましたよね。

あの報道の一番最初は確かカラテカの入江さんの吉本興業との契約解除だったはず。

そこから、なんだか色々な件が報道されてなんだかややこしくなってきているのですが、それはさておき。

入江さんはSNSの友達が数千人いて相当の人脈があると言われていました。

しかし、結局(報道が正しいとするならば)、繋がっていた相手が反社会勢力だと見抜けず今に至ってしまったわけです。

 

この相手の素性も分からないほどの人間関係を抱えているのは、必要のない服を欲しがる虎と同じではないでしょうか?

 

もう十分周りに困ったときにサポートしてくれたり助けてくれる仲間が十分いるのに、それでも新しい繋がりを求めてしまう。

自分に合ったり共感できたり互いに成長できる繋がりならいいんです。

 

でも、「SNSにこれだけの友達がいる」と自慢したいがために、友達を増やしてはいませんか?

 

そしてその行動はどこから来るのかといったら‟孤独感‟‟自信のなさ‟ではないでしょうか?

SNSがない時代は連絡を取り合う手段があまりなかったので一人でいても気にならなかったのですが、今は24時間誰とでも簡単に連絡を取り合えます。

すると、一人でいてもそれは一人ではなく常に誰かに囲まれているような状態であると言えます。

常に周りに人がいるのに誰も自分に話しかけてこない(SNSの連絡がない、返事がない、いいね!を押してくれない など)

だから無視されて嫌われているのではないかと孤独感を感じて、何もしていないのに自信を失くしてしまいます。

 

一人でいることが耐えられずとりあえずSNSで会ったこともない人と繋がって友達になれたと安心していては、いつまでもきりがありません。

出会い系サイトなどで簡単な出会いを求めて、危ない目にあったりもしてしまいます。

 

自称友達何百人いるのに、孤独を感じている人や誰からも連絡がないことに落ち込んでしまう人はSNS疲れかもしれませんね。

完全にSNSを使わないのは無理にしても、一時間くらい電源を切ってみる。

リアルの友人たちと会ってお喋りをする。

SNSの友人関係を見直してみるのもいいかもしれませんね。

 

【補足情報】

このお話を読んであれ?って思ったことはないですか?

黒人の子どもがジャングルに出かけ、明らかにアフリカや南アメリカを連想させるのに、そこにはなぜか虎がいる。

それもそのはず、実は『ちびくろ・さんぼ』は元々インドで書かれたお話だからです。

スコットランド人のヘレン・バンナーマンが軍医であった夫とインドに滞在していた時に、子供たちのために書いた手作りの絵本だったのです。

それがアメリカ用に書き換えられるときに、かなりの設定が変えられました。

一例をあげれば、主人公の少年が迷い込むジャングルは竹やぶから森に替えられ、またある挿絵では、少年の母親はアフリカ系婦人のふくよかな特徴を与えられた。しかしトラが登場する箇所に関しては、当時のアメリカの海賊版編集者の多くが実物を見たことがなく、イメージできなかったためか、改変を免れている。こうして一部の海賊版では、アフリカを想起させる背景描写と、インドを想起させるトラの混在が行われるようになった。

wikipedia より

ちなみに虎が溶けてバターになる場面も原作では、”ギ―‟(インドの伝統的バターオイル)と書かれています。

そして、『ちびくろ・さんぼ』は黒人差別問題の争いに巻き込まれて一時期廃刊や刊行禁止の目にも逢いますが、今はこうやって自由に読むことができます。

登お話の本質を見ないで場人物の外見ばかりを気にして差別だと騒ぎ立てるのも、バターになった虎と同じなのかもしれませんね。

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