生きかたを変える

『杜子春』から自分の生き方を見直してみよう

『杜子春』の名言

なにになっても、人間らしい、正直なくらしをするつもりです。

『杜子春』から変えられる行動

生きかたに自信がない人が、

少しづつでも自信をつけられるようになる
人間関係を良くすることができる
お金の考え方を見直す

『杜子春』のあらすじ

杜子春は唐の都,洛陽の金持ちの息子でしたが財産を使い果たしてしまい、その日の暮らしにも事欠くようになっていました。

杜子春が「こんな貧乏でみじめな思いをするぐらいなら死んだ方がましかもしれない」と考えながら洛陽の門の下でぼんやり空を眺めていると、一人の老人がやってきて杜子春に話しかけました。

「お前は何を考えているのだ」「今夜寝る所もなく困っているのです」

 

すると老人は「この夕日の中に立ってお前の影が地にうつったら、その頭の場所に黄金が埋まっているから掘ってみるがいい」と言います。びっくりした杜子春が顔を上げると、老人はもういませんでした。

杜子春が老人に言われたとおりにすると黄金が出て来て、彼は洛陽一の大金持ちになりました。

杜子春は立派で大きな家を買って贅沢な暮らしを始めました。すると、今まで付き合いもなかった友人たちが次々に遊びにくるようになりました。しかし三年もすると黄金も無くなってしまい、杜子春はまた家も食べ物もない貧乏になってしまい、止めてくれる人も声をかけてくる人もいなくなってしまいました。

 

杜子春が再び洛陽の門の下でぼんやり空を眺めていると、以前と同じ老人がやってきました。

「お前は何を考えているのだ」と問われたので、杜子春は恥ずかしそうに「今夜寝る所もなく困っているのです」と答えました。すると老人は「この夕日の中に立ってお前の影が地にうつったら、その胸の場所に黄金が埋まっているから掘ってみるがいい。」と言って人込みの中へと消えていきました。

黄金を手にした杜子春は翌日から再び洛陽一の金持ちになりました。しかし相変わらず贅沢し放題な生活を続けたので、三年も経つと黄金は全て無くなってしまいました。

 

そうして杜子春がまた洛陽の門の下でぼんやり空を眺めていると、あの老人がまたまた杜子春の前へとやってきました。老人は依然と同じ問いをし、杜子春は同じように答えました。

老人は黄金の埋まっている場所を杜子春に示そうとしたところ、杜子春は「お金はもういらないのです」と話を遮ります。

なんでも杜子春は「金があるときに寄ってきて無くなると声もかけない人間たち」には愛想が尽きたとのことです。

 

そして実は老人は峨眉山に住む鉄冠子という仙人であり、杜子春は彼に弟子入りを志願します。鉄冠子は「りっぱな仙人になれるかどうかはお前次第だ」と言い、杜子春を峨眉山に連れて行きます。

鉄冠子はこれから天上に行くから、留守の間待っているように杜子春に言いつけます。 そして「自分がいない間に魔性の者がお前をたぶらかそうとするだろうが、決して声を出してはいけない。もし一言でも声を出したら、仙人にはなれない」と言い残して出かけていきました。

鉄冠子がいなくなってしばらく経つと「そこにいるのは何者だ」と恐ろしい声とともに大きな虎と大蛇が現われたり、天変地異に見舞われたり、神将の矛に貫かれたりしましたが杜子春は声を上げませんでした。 これらはすぐに消え失せた幻覚でしたが、杜子春は岩の上で息絶えて魂は地獄へと降りていきました。

地獄で杜子春は閻魔大王に「なぜ峨眉山の上にいたのか」を尋ねられます。 杜子春は相変わらず黙っていたので、あらゆる地獄の拷問に責められました。

それでも杜子春は口をきくことはありませんでした。

とうとう閻魔大王は馬に変えられた杜子春の両親を連れてきて、鉄の鞭で馬の両親を打ち付けます。

杜子春は固く目をつぶって耐えていましたが、母親の「お前が幸せになれるなら私たちはどうなってもいいから、黙っておいで」という声に思わず目を開けてしまいます。

母親はこれだけの苦しみをうけているのに杜子春を恨むことなく、そればかりか思いやりの言葉さえかけてくれるのです。金があるときに寄ってきて、無くなると去っていく世間の人に比べるとなんとありがたいことなのでしょう。

杜子春は鉄冠子との約束も忘れて母親の元に走り寄り、首を抱いて涙を落しながら「お母さん」と叫びました。

気がつくと、杜子春は峨眉山に行く前の夕日を浴びて洛陽の西の門の下にぼんやりたたずんでいるところでした。 鉄冠子は「俺の弟子になってもとても仙人にはなれんだろう」と微笑みながら言いました。杜子春は「仙人にはなれませんが、なれなかったこともかえって嬉しい気がするのです」と言います。

「あの地獄で鞭を受けている両親の姿を見ては、とても黙っているわけにはいきませんでした」と答える杜子春に、鉄冠子は「もしあのまま黙り続けていたら、お前の命を取るつもりだった」と告げます。

杜子春は「これからは仙人でも大金持ちでもなく、人間らしい正直な暮らしをするつもりです」と言うと、鉄冠子は「今日限りもう会うことはない」と言って歩き出しました。 しかし足を止めて振り返ると、「泰山の南のふもとにある一軒家をやるからそこに住むが良い」と、愉快そうに付け加えて去っていきました。

杜子春 (角川文庫)

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名言の状況

仙人にはなれなかった杜子春でしたが、「これからどうするのだ」という鉄冠子の問いに、今までにない晴れ晴れとした気持ちで答えることができました。

杜子春の気持ちにどのような変化があったのでしょうか。

名言の本質

この小説の前半と後半で杜子春の心情が変化しています。

  • 前半はお金と人間関係に振り回される苦しみ。
  • 後半は人間として大切なことを見つけた喜び。

 

物語冒頭の杜子春は、ぼんやり空をながめていて、死ぬことまで考えています。鉄冠子から「お前は何を考えているのだ」と不意の質問を受けて杜子春は「さすがに目をふせて、思わず正直に」答えるのです。

金持ちから再び貧乏になって鉄冠子から同じ質問を受けた時の杜子春は恥ずかしそうに下を向いてしばらく返事もできませんでした。

杜子春は2度も金持ちにさせてもらっても、同じ失敗を繰り返して散財して使い果たしてしまう自分を情けなく恥ずかしく思っている自信の無さが視線に表れています。

 

そして杜子春は貧乏と金持ちの両方を経験したおかげで、人の二面性というものを身をもって知ることができました。

貧乏になっても一緒にいてくれるのが本当の友人と言いますが、杜子春にはそのような友人は結局できませんでした。

 

杜子春は自らの贅沢三昧の行いは棚に上げているのは考えものですが、「もう金はいらない」「人間はみんな薄情です」「人間というものに愛想がつきたのです」と、金が無くなると去っていた友人たちを批判します。

かなりの人間不信に陥っていたのでしょう。

この時「人間は皆薄情です」という杜子春の言葉を聞いた鉄冠子が「急ににやにや笑い出した」のは、杜子春が金より誠実な心を欲する正直な人であることを再認識したからでしょう。

 

ところが、まだこの時点で杜子春には迷いがありました。

「これからは貧乏をしても、安らかに暮して行くつもりか」という鉄冠子の問いかけに対して、杜子春は「ちょっとためらう」様子を見せてから、「それも今の私には出来ません。ですから私はあなたの弟子になって、仙術の修業をしたいと思うのです」と言い出すのです。

お金はいらないと言いながらも、今後の生活の不安はなくならない。またあの貧乏な暮らしをしていく自信がないので、途方に暮れて道ばたにぼんやりたたずんでいたのです。

 

そのような少しづつ変わっていった杜子春でしたが、地獄で母親からあたたかい言葉をかけられて、「相手を思いやる気持ち」「見返りを求めない愛情のある優しさ」を知りました。

これで自信がついた杜子春は「晴れ晴れした」様子で、仙人にはなれなくても貧乏人として生きていくことになっても「無償の愛がある」ことを信じて誠実に生きていく決心をします。

 

恐らく、この先の杜子春には彼の地位に関わらずにつきあいのできる本当の友人が現われるのでしょう。

行動への応用

今まで一度も失敗をしていない人はいないでしょう。

私同じ失敗を何度もくり返してしまいます。

やらなくてはいけないことがあるのに、後回しにしてギリギリになったりついついさぼってしまったり・・・

そんな自分を杜子春のように情けなく感じ落ち込んだりもします。

 

失敗を重ねる杜子春の姿を自らに重ねながら、自分らしく焦らずに少しづつ成長していきたいですね。

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