生きかたを変える

壺井栄『二十四の瞳』を読んで、子どもの時のキラキラした目を取り戻そう!目の輝きは生きる希望です!

『二十四の瞳』の名言

このひとみを、どうしてにごしてよいものか

『二十四の瞳』から変えられる行動

大人になるにつれてワクワク感を失ってきたと感じる人が、

  • 子どもの頃の眼の輝きを思い出す
  • 絶望しても目の輝きだけは残せるようになる
  • 人生が楽しくなる
芥川龍之介『蜘蛛の糸』を読んで、不満のある現状から抜け出す糸を掴んでみてください 『蜘蛛の糸』のあらすじ 『蜘蛛の糸』は地獄に落ちた大悪人 カンダタにお釈迦様が救いの手を差し伸べようとする話です。...
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『二十四の瞳』のあらすじ

 1928年(昭和3年)四月に瀬戸内海の寒村の分教場へ、新しい女の先生(おなご先生)が赴任することになりました。

新しいおなご先生、大石久子は当時の女性には珍しい洋服を着て月賦で買った自転車に乗って、片道8キロの道のりを通います。

 

 

 

着物やモンペを着ている村の人たちには珍しがられて興味津々の目で見られます。

「こんどのおなご先生は、洋服きとるど」

「おなごのくせに、自転車にのったりして」

「ほら、モダンガールいうの、あれかもしれんな」

 

初めて教壇に立った大石先生は出席を取りながら、子供たちのあだ名を出席簿に記入していきます。

小柄な大石先生には、子どもたちから「小石先生」というあだ名がつけられました。

 

数か月経ち、大型の台風が村を襲い、翌日は漁船が打ち上げられたり家が半壊したりと被害をうけたので、大石先生は子どもたちと村へ見舞いに訪れるました。

 

道路の砂利を掃除をしていると、子どもたちがはしゃぎはじめ大石先生もつられていっしょに笑ってしまいました。

 

すると村人から激しく非難されて怒られてしまい、大石先生は心配する子どもたちの前でぐっと笑顔を見せますがほほには涙が伝っていました。

 

 

 

子どもたちと浜で歌って過ごした大石先生は、帰ろうとしたとき落とし穴に落ちてしまい動けなくなってしまいました。

 

アキレス健を切る重傷で、船を出してもらい医者へ連れて行かれました。

 


 

自転車に乗れない大石先生は通勤できなくなり、半月たっても分教場に姿を見せません。

 

大石先生に会えない一年生たち12人は、お昼で学校が終わる日に八キロ先にある大石先生の家まで会いに行くことにしました。

元気に歩き始めた子どもたちでしたが、八キロの道は遠すぎて一人は道ばたにしゃがんで泣きだしてしまいます。

 

 

そこに、病院の帰りの大石先生が乗ったバスが偶然通りかかります。

松葉杖をついた大石先生は「どうしたの、いったい」と驚き、子どもたちを家に連れて行きます。

 

 

大石先生の家につくと子どもたちはきつねうどんをたくさん食べて、浜の一本松の根元で大石先生を囲んで集合写真を撮りました。

 

まだ学校へ通えない大石先生は、五、六年生が通う本村の学校勤務となり、子どもたちとお別れします。


 

四年後、一年生だった岬の子どもたちも五年生になり、本村の学校で大石先生と再会します。

 

その間に大石先生は、お見合いをして船乗りの夫と結婚していました。

 

しかし、学校では生徒の一人の松江が母親が死んだために家事や子守をしなくてはならず、一日しか学校に来ることができませんでした。

 

大石先生は心配していましたが、ある日松江は大阪へ奉公に出されたことを知ります。

 

世間も満州事変と上海事変が立て続けに起こり、村からも何人かが兵隊に召集されていきました。

 

六年生になった秋の修学旅行は日帰りの金毘羅参りでしたが、借金がある家や貧乏な家の子が何人か参加できずに少し寂しい旅になりました。

 

旅行中、商店街を歩いていた大石先生はうどん屋から聞こえてくる声を聞きはっとします。

 

 

それは大阪へ奉公に行ったはずの松江でした。

 

修学旅行が終わって三学期に入ると、生徒たちは進路に悩み始めます。

 

家庭の事情で進学できなかったり兵隊を志願したりする教育の現状に納得できずに、大石先生は卒業式の後教師を辞めてしまいました。

 


 

終戦翌年の1946年(昭和21年)四月、大石先生は再び分教場の教壇に立つことになりました。

自転車を買うこともできず、長男の大吉が毎日船で送り迎えをしてくれています。

 

新しい一年生の中にはかつての教え子たちの子どもたちもいて、大石先生は思わず涙してしまいました。

 

すぐに大石先生には、「なきみそ先生」というあだ名がつきました。

 

かつての十二人の教え子たちも戦死、病死、行方不明、失明と戦争の犠牲となり、数が減ってしまいました。

 

十二人のうち七人が集まった同窓会が開かれて、あの松の木で撮った集合写真を見ながら、大石先生はまた涙するのでした。

 

二十四の瞳 新装版 (講談社青い鳥文庫 70-4)

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名言の状況

初めて教壇に立った大石先生は、十二人の新一年生の二十四の瞳がとても輝いているように見えました。

 

キラキラ光るこどもたちの目がずっと光っていられるような世界を作っていくのは教師の役目だと、大石先生は思ったのでした。

名言の本質

時代も戦争の影が忍び寄り、貧しい寒村で生活も豊かではない子どもたちですが、目だけは純情無垢で希望に溢れているように大石先生には映ったのでしょう。

 

せめて、この目の輝きだけでも私が守ってやらなくては・・

 

 

人間、どれだけ恵まれていなくても目が輝いていれば必ず希望が残っていると思うんです。

 

行動への応用

子どもの目って物凄く輝いてますよね。

あんな目で見つめられたら、引き込まれてしまいそうです。

 

目の輝きは希望や純真な心を表しています。

 

でも、大人になるにつれてどうして目の輝きって無くなっていくんでしょうか。

 

大人になるにつれて色々経験する内に自分の中で固定観念や世間の常識を身につけてしまい、それに捉われて自由に行動できなくなってしまう。

世の中のせちがらさや不条理を経験することで、無常を感じて純真さや希望は失われていくのでしょう。

 

子どものころと同じような目の輝きを持ち続けるというのは、不可能なんでしょうかね。

そうではないと思いたいです。

 

大人になっても子どもの頃の目の輝きを保つということは、何においてもワクワクすることではないでしょうか。

 

自分の置かれている状況に満足できなくても常に希望を捨てずに楽しみを見つけて精一杯頑張ること。

そしていつまでも好奇心を持ち続けることではないでしょうか。

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